東上線に乗りながら

アントナン・アルトーを読み耽る。
ふと窓を見ると、広がる田園風景に、『裁かるるジャンヌ』でジャンヌ・ダルクに同情する修道士アルトーが思い出された。
映画を否定したアルトーだが、間違いなく『裁かるるジャンヌ』は「見ること」に迫る映画だった。


『存在するものの粗雑な視覚化に対して、演劇は、詩によって、存在しないものの映像を与える。それに劇的行為という点から言っても、映画の映像は、いかに詩的な場合でも、フィルムによって制限されている点で、人生のあらゆる要求に従う演劇の映像(イマージュ)とは比較にならない』


この演劇優位性の主張は、異なる表現に対する混同と受け取れる以上、結論を保留するべきだと思う。演劇と映画(あるいは映像)はそもそも比較できないほどに異なるものだと気付くべきではないか。

そのような考えがよぎるも、アルトーの言葉がまた重くのしかかる。


現在、アルトナン・アルトーについて考察中。

神の裁きと訣別するため (河出文庫 (ア5-1))

神の裁きと訣別するため (河出文庫 (ア5-1))

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